Innami Synthesize Planning

印南総合計画

「写しUTSUSHIの文化とオリジナリティ」
 —赤木明登氏へのインタビュー その1

(A=Akito Akagi 赤木明登, I=Hiroshi Innami 印南比呂志)

I. 先ずは赤木さんに日本のお茶の文化、そして日本人が持つ茶道への美意識から質問したいと思います。私としては千家以降マニュアル化していった経緯というものに非常に疑問を持っています。知識人たちの社交会で、もともと自由な作法・所作であったものを禁欲的な形式的なものにしてしまったことに疑問を持っています。そのことについて、現在武者小路流の茶道をされている赤木さんお伺いしたいと思います。漆の世界も日常使いの物であったのに、なぜか高貴なものになっていく。歌舞伎の世界もそうです。

A. 僕は18歳でお茶を習い始めました。元々裏千家で、その時習っていたお茶はとても楽しかったのです。それは型どおりのお点前しかしないことが僕はとても嬉しかったのです。なぜかと言うと、東京の大学に入って、とてもすてきな高齢の女性の先生についたのですが、お茶って一般的には形式張っていて、型どおりに点てて、そういうのがいやだって方もいらっしゃるようですけれども、僕はその、型どおりにやるってことが楽しかったのです。というのは、お点前(おてまえ)を習って、その先生の言われるとおりにするのですが、先生と二人でお点前をしているといろいろなことを先生とコミュニケーションできるのです。
 たとえば、本当にいつものように普通のお点前をしているだけなのですが、明日彼女とデートの約束をしているという時はやっぱりうきうきしたすごく楽しいお茶が点つのです。ところがそのデートに失敗して、ふられてしまって翌週お稽古すると、しょぼくれて悲しいお茶になってしまうのです。それはそのお茶を通して何かを伝えようとか、という気持ちはないけれども、同じお点前の中でそれを感じたり伝えたりしあうことができることが、やっていくうちにわかったのです。それってすごいコミュニケーションツールだなって思ったわけです。
 ことばで説明して、私はあなたが好きですよって言うこと以上に、何かダイレクトに近いものが型を通して伝わってしまう。そういう意味での型の面白さっていうのが日本の文化の底の方にはあると思うのです。それがすごく大事だと思っていて、その形式とか型っていうものと印南先生がおっしゃったマニュアル化っていうのはニュアンスが違うと思うのです。先生がおっしゃったマニュアル化っていうのは何かもっと堅苦しい、秘められた世界の堅苦しさっていうものがあって、紙一重で微妙なとこなんだけれども、型の中で伝わる豊かなものと同時に型によって封じ込められてしまう不自由さみたいなものがあって、そこがどう出てくるかによって現れ方が違うみたいなことだと思うのですが、今の世の中はどちらかというとそれが悪い方に出てきて何か不自由になっているような気がとてもします。

I. 赤木さんと私は同じ世代ですね。大学の卒業式なんて出ない。入学式なんてすっぽかす。みんなでまとまって何かするなんてことはボイコットすることがかっこいいみたいな世代でした。しかし今、儀式とか、儀礼、祭事をしっかりこなしていくっていうのはものすごく重要な気がしています。それを馬鹿にしたり、舐たりするっていうことは自由でも何でもなくて、ただすごく人間として甘い感じがするのです。だからそういう儀礼的な日常をもっとしっかりとしなくてはいけなかったなっていう反省の気持ちがすごくあるのです。
 しかし、日本人というのはなぜかものごとを縛る方へ、そして禁欲的な美意識になっていく気がします。漆の世界、塗師の世界では、弟子入りから、年季明けまで、想像以上のとても長い年月を過ごして、一人の塗師になって行くのですよね。

A. 塗師の仕事なんて、同じことを延々とやっているわけです。しかしその中に僕はすごく自由を感じているのですが、それを感じられない人もいるのです。
 例えば、漆の世界には赤と黒しかないのです。赤と黒しかないのがいやで、緑色の漆を作ったり、黄色い漆を作ったり茶色い漆を作ったりしてもっと自由な多様な表現をしたいっていう人もいます。しかし僕は全然そういう風には思わないのです。赤っていう色は赤しかないのですが、赤の中には多様性があって、黒にも同じように多様性があって、僕の漆の黒は白艶って呼ばれていて、黒なのですが白なのです。黒の中には様々な色がある。例えば漆の世界では「紫漆」ということばがあって、あと「青漆」。青い黒や紫の黒、白い黒や緑色の黒、黄色い黒があるのです。そういう黒なのですが白であったり青であったりするのを、自分の一つの黒を選び取るという仕事をするわけです。黒の中で、その中に宇宙のように色々な黒があって、その中でたった一つの黒を探し出して突き詰めていくという仕事はとても自由だと思うのです。
 赤であっても、僕の赤はどちらかというと赤みを抑えている赤ですけれども、赤も、もっと赤みの強い赤とか、オレンジっぽい赤もあって、その赤の中から自分のたった一つの赤を見つけていく。そういうことも、赤の中にある自由さであって、そういうものを見つけていくタイプの人と、反対に西洋的表現というか、赤だ、黒だ、黄だ、緑だと、付け加えるという表現の仕方があると思うのです。先ほどのお茶の型の話と同じで、あのお茶の同じことをやっているだけなのがいやだから茶筅を頭に乗っけて「ちょんまげだ」っていう人もいますけど(笑い)。そういうお茶のかたちをぶっ壊して新しいかたちを作るっていう自由よりも、同じことを繰り返している中に何か自由さがあると思うのです。そこは非常に面白いところで、それを感じて見つけられるかどうか。しかし、ほとんどの人が今見つけられない状況になっているから、それがマニュアルっぽいものになっているのではないかと思っています。

I. 自由だから逆に自由が見つけられないのですね。今の人たちはね。

A. 最近は美術大学に非常勤で呼ばれて学生相手の話をすることがあります。学生たちの作っているものを見ると、好き放題面白いものを作っているようでも、それらはつまらなくて、実は本当にやりたいことはわかってないみたいな感じがして、僕がもし大学の漆芸科の先生であったならば、4年間、毎年千個くらいのお椀をひたすら作り続けさせればいいような気がしています。絶対に無理でしょうけどね。そうしているうちにその中で何かが見つかるのではないか。僕自身の仕事は数をこなすという仕事をしています。僕が最初に訪ねていった輪島の角偉三郎さんという作家の方は「数をこなすと見えてくる世界がある」と言っていました。そういうことじゃないかと考えています。

I. ひとり、黙々と数をこなして成長していくことに対して、親方と弟子の関係についてはどのように考えますか。アートの世界では、音楽の世界とかバレエの世界などでロシアの教育システムについてバイオリニストの諏訪内明子さんが言われていたことがとても気にかかっていて、彼女がロシアでずっと勉強していた時には、先生と同じレベルに技術が到達するまで、つまりクローンのようになるまで自身のオリジナリティを追求してはいけない、カーテンの向こうで演奏していて、その演奏が先生だと思わせるくらいになって初めて自身のオリジナルを目指す段階へ進める。それくらいの修行をしているという。

A. うちも弟子が入ると最初に言うのは「滅私奉公」。自分を消して、自分がどうやりたいってことは一回捨てちゃって、親方が何を考えて、親方ならどうするかということしか考えさせません。僕自身が弟子入りした時にそうだったのです。それがとてもよかったと思って、その時に初めて自分の好みとか、自分がやりたいと思っていたことが全然たいしたことじゃなく、本当に自分がしたいってことじゃなかったということがわかったのです。
 今の日本の伝統工芸の世界では、徒弟制度はほとんど滅んでいます。しかし輪島の漆の世界では徒弟制度がかろうじて残っていて江戸時代のままの年季勤めがあるのですが、その中で親方の事だけを考えてものを作る、自分を消していくっていうことがどんなにいいことかということに気がついたのです。私の弟子たちにはそれを経験させてあげたいと思うのですが、時々反発していなくなる弟子もいます。

I. もう一つ質問です。モノを寝かせるという話についてお聞きします。多くの道具には新しいものはすぐに使えないことがあります。ある程度使って1年目でやっと使えるものになる、という話がありますよね。漆器についても「寝かす」ことはあるのですか。寝かさないと使えないとか。

A. 本当は漆っていうのは酵素で乾くっていうのはご存じですね。普通の塗料っていうのは揮発性のものが、例えばベンジンとかシンナーとかそういうものが入っていて、そういうものが揮発して固まるのですが漆は酵素反応で固まっていくのです。固まるっていうのは固化していくわけで、人間って傷口から血液が流れ出してそれが固まってカサブタになるのと同じ固まり方なのです。酵素というものが働いて炭素と炭素を結びつけていくという原理です。科学的なことはよくわからないのですが、その酵素というのはだいたい5年から6年生きているそうです。そのため昔の輪島の塗師さんは塗り上げてから5年から6年蔵の中で寝かしてから出していたのです。昔は何百年も同じ形のお椀を作り続けていたので6年後に出しても同じものなのですが、今は同じものを作り続けているのではなくて必要なものを、形も流行りも変化していくのでそういうことはできないので、だいたい僕の場合は塗ってから早ければ1ヶ月で出していく。理想的には6か月以上は欲しいところです。だからお客さんの手に渡ってからも実は酵素が生きていて、そこから固化していくのです。それに対してその酵素の働きを止めるのは塩分と酢なのです。だから食べ物を入れるとその酵素が死んでしまって、そこから固化が止まってしまうので、ある程度柔らかい、固くなりきる前に止まってしまう。流通や今の社会、生活、経済の問題でとても難しいことなのです。しかし本当は理想的には6年寝かせて使ってもらいたい。

I. それは先ほどの型の話ではないのですが、自由度を探そうとした時にお客さんたちの、買われた方本人の使い方によって自分の味っていうか、そういうものを作り出して自分の生活のための食器として使えるようにしていくことはできますよね。6年寝かされて使うというのは、赤木作品として完全なものになっているのでしょうけど、不完全な状態で手に入れることによって自分のオリジナルにすることができるのではないでしょうか。

A. よく言えばそうですよね。子どもが生まれたから買うとかありますよね。

I. そういう楽しみ、そうやって自分だけのものにしていくっていうこと、そういうストーリーをもっと描けるように、なにかうまい説明はないのでしょうか。陶器の器にしても同じですよね。朝鮮・李朝時代の装飾技法のひとつで「粉引き」という素地に白化粧を掛け透明釉を施し焼成した器がありますが、最初コーヒー入れたりしたら不味くて飲めないです。半年くらい毎日使っていると美味しいコーヒーが飲めるようになる。チゲ鍋にしても、陶器のものは絶対洗剤とかで洗っちゃいけないわけです。これは汁の味がどんどん染みついていくからいい。そうやって自分のところの家の味を器に染みつかせていく。漆も今の話からすると絶対自分だけのものが作れますね。だから例えばそれが骨董になった時に「ナントカ家の味」みたいのが残っているかもしれない。

A. 育ちながら残っていくのではないでしょうか。お客さんところで美しく育っている。しかし僕は、ある漆芸家、蒔絵家の方とお話ししていて、その人はやはり未来に作品が残るようなものを作りたいとおっしゃっていましたが、僕は全然考え方が違うのです。僕は、自分が作ったものが未来に残って欲しいとは全く思っていないのです。どちらかというと、人の暮らしの中で使い倒されてボロボロになって摩滅して人の暮らしと一緒に消えていくのが望みなのです。

I. 消えるということは、日本の美意識にある「かりそめの美学」みたいのがありますよね。海外から見ると「スクラップアンドビルド」なんて言われてしまうことありますけど、伊勢神宮のように20年毎に取り壊して遷宮していくとか。ああいうかりそめの美学みたいな、あれは未来の繋がっているのですよね。例えば技術の継承であったり、いわゆる経済的の持続であったり自然を残していくとか。それから建物を使った20年間というのは木材で言えば、一番成熟して一番いい時に解体するわけですね。それは日本全国の神社に配布して再利用してもらう。その一つのサイクルみたいな社会貢献で上手く繋げていく、公共事業にもなる、教育にもなる。それに対して、西洋の人たちはストックの文化だからなかなか理解できない部分があります。消えていく時に摩耗するということも、とても重要だと思うのですが、漆器も表面の塗り重ねたものの摩耗ってあるのですか。

A. もちろんあります。根来塗のように500年経ってあのような伝統を築いた漆もあります。

I. 私は、現在刃物の研究をやっているのでが、海外でも日本でもそうですが、料理人さんのところへ行くと小刀みたいな包丁を使っていることが良くあります。聞くと、もともと長かった包丁を毎日研いで、研いでそのようになっているのです。鋼が最後出てきてしまう。海外の骨董屋でも、針のような刃物を見かけることがあります。聞くと元々やはり大きな包丁で、研いで、最後針になって行く。そこまで研いで使うという道具の一生の姿なのですが、漆の世界の摩耗っていうのは、用としては、機能としては器でなくてはいけないわけで、摩耗というのはどこまでの摩耗でしょう。

A. 漆というのは何世代にも渡って使い続けられるものなのですが、下地からの見直しというのが基本なのです。だから500年でも使える。そのためにも下地をきちんと塗っていないといけないということなのです。先ほどの伊勢神宮の消えていく話に戻ると、僕は、器は使い倒されて消えて行くことを望んでいるのですが、重要なのはDNAを残すことだと思っているのです。僕が作っているもののほとんどは、オリジナリティはないということが自慢なのです。
 僕は基本的にものづくりを、「写し」で、要するに古いものの中にあるいい形のものを僕が拾い上げてそれと同じものを作る。でも同じではない。先ほどの型の話と同じで同じ形の中に、いい形があるのです。いい形というのは、同じ形のお椀なのですが、先ほどの色の話と同じで、同じ形のお椀が断面図を描いて真横から見ると、シンメトリーのたった一本の線でできています。お椀だったら垂直に立ち上がって水平方向に丸い腰のカーブがあって、上に上がっておしまい。たった一本の線ですが、その形の中で少し角度を変えたり、膨らみの形を髪の毛1本分変えたりすることによって、形っていうのは無限に変化していく。その無限の変化は図面では表現できなくて、職人さん同士のコミュニケーションの中でしかできない、その中でベストの線を追求していくわけです。そこに自由さがすごくあるのです。それを追求していくことが職人的な仕事であると同時に、その形を僕が受け継いで、僕のものを100年後の人が見た時に「これはいい形だな」と思って、写していく。そうすることによって、形のDNAっていうのが続いていくと思うのです。それが続いていくことの方が重要で、僕が実際に作ったものは、暮らしの中で誰かが「いいな」って思って、それを使うことによって豊かさを感じながら、摩滅して消えていけばいい。というのが基本的な考え方なのです。生命もそうですよね。生命の個体なんて生殖が終わってしまえば後は余生ですよね。そういう風にして何かDNAみたいなものが形の中にはあると思うのですが、それは続いて行くと思うのです。

I. DNAって、みなさん自分の両親とか、昔の先祖から、いわゆる顔の形とか、性格とかっていうのは、DNAだと思われている方よくいますよね。僕は脳科学者の方とちょっとお話した時にびっくりしたことがあります。私は周りの人から父親といつも考え方が同じだって言われるのです。背丈も似ていますけど、歩き方とかしゃべり方がそっくりなのです。これは、実は脳科学者からするとDNAじゃないらしいのです。それは、父親といつも話をしている、父親の歩き方をずっと目で刷り込まれている、いわゆる、先ほど話された「写し」なんです。写しによって、自分がそれと同じ行為をしたり、歩き方をしたりすることであって、実はそれは自分が真似をしているわけですね。だからDNAじゃないのだということを、言われたことがあるのです。知らないうちに、ですよね。だから「写し」というのは、形にしても自分がヴィジュアルに目に入ってくる、触って自分がその形を意識していることが続いていくことじゃないかなと思うのです。

A. 結局、「写し」と言っていますけど、悪い言い方をすれば「パクリ」でもあるのです。「写し」というのを、単なるコピーだと、言っている人もたくさんいますけど、それはやはり形のことがよくわかっていない人の言い方で、「写し」っていうのは、繰り返しになりますが、一つの形の中にある一番いい形を見つけることだと思うので、すごくクリエイティブな仕事だと思うのです。それを繰り返していかないと、形は消えて行くのです。

I. ベストっていう形やラインはあるのですか。先ほど、ベストのラインを追求するという話がありましたが。

A. それは、根拠はないのですが、「ベストはこれだ」って最終到達地点はないのですが、それを追い求める行為しかない。その人にとってここがグッと来るっていうポイントは必ずあるのですね。それを追求し続けてないと形は衰える。柳宗理が、「手仕事の日本」というのを書いていて、その中に輪島の話が出てくるのですが、輪島に柳は昭和15年に来るのですけど、輪島をどう書いているかというと、輪島塗が一番良かったのは幕末から明治にかけてで、その後は形が衰える一方だ、輪島の職人は、これからは形を豊かにし、絵付けを生き生きしたものにしなくてはいけないって書いてある。その後に昭和15年から後、輪島塗がどうなったかというと、さらに衰える一方だった。それは、どうしてかというと、僕が輪島に行ったのは昭和の最後、1988年なのですが、その時輪島に行って親方のところで仕事始めて驚いたのは、例えば飯椀を作る時、親方は木地師に飯椀100個の木地を頼むのですね。そうすると当たり前のように木地を100個挽いてくるのですよ。そこの間、形の吟味は全く何もない。昔から作っている飯椀が当たり前のように来るわけです。そこにはコミュニケーションもないし、やりとりもない。昔から続いているものがだらだらと、くたびれて衰えながら続いているわけです。それを同じ形の中で、もう一回きっちりと、形を作る人が整えていくという努力をしない限り形は緩んで鈍くなっていく。それを誰もしなかったから輪島塗が滅んでいったわけですね。

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